2011年08月06日

復興支援ボランティア@仙台

今日は朝から飛行機で宮城県仙台市へ移動し、復興ボランティアに参加してきた。今年3月11日の東日本大震災発生後、東北地方へ足を運んだのは今回が初めてだ。

仙台空港は一昨年までベガルタ仙台やモンテディオ山形とのアウェイ戦に参戦する際には必ずと言っていいほど利用していた空港だが、海沿いにあるため、震災当日は津波に飲まれて水没した姿がTV画面に映し出され、大きな衝撃を受けたものだ。

機体に書かれた「心をひとつに、がんばろうニッポン」

あれから5か月近くが経ち、先月の下旬にようやく仙台空港の一般利用が再開されたので、ちょうどこの土日に徳島ヴォルティスの試合がなかったこともあって仙台へ向かうことにした。

仙台空港着陸時には、たくさんの瓦礫や津波で流された自動車が山積みになっている光景が目に入り、あの悲惨な津波が現実にこの場所を襲ったということが痛いほど伝わってくる。

空港に降り立つと、節電のために薄暗い到着ロビーには「復興へ頑張ろう!みやぎ」と書かれたボードが貼られ、出口には今日から始まった仙台七夕祭りの飾りが飾られていた。

「復興へ頑張ろう!みやぎ」

震災前は、空港から仙台駅まで仙台空港線の快速に乗って16分で移動できたのだが、今は仙台空港線が止まっており、鉄道開通前の2006年以来、5年ぶりにバスで仙台駅まで移動した。

JR仙台駅の七夕飾り

そして仙台七夕祭りの初日で賑わう仙台駅で、仙台市営バスの岡田車庫前行きに乗り換え、岡田バス停で下車して宮城野区の津波復興支援センター(旧・岡田サテライト)へ向かった。バス停からは歩いてすぐだが、案内表示があまりないのでやや分かりにくい(バスを降り、バスが走る道路を横断してそのまま向かいの路地に入り、一つ目の角を左折するとすぐ左手に見えてくる)。

津波復興支援センター

センターでボランティアの受付を済ませ、革手袋や長靴等の備品類を借りてから、割り当てられた現場へ備え付けの自転車で向かう。飲料水や簡易食料は持参するのが望ましいが、現地に備蓄があればいただくこともできる。

ボランティアのステッカー

通常は朝のミーティングで担当現場が割り振られ、その後、グループごとにまとまって現場へ向かうのだが、私は飛行機の時間の関係で途中からの参加となったため、地図を頼りに独力で現場へ向かうことになった。

しかし、渡された地図が不正確だったため、なかなか現場にたどり着けず、かなり迷ってしまった。通常なら地図に何らかの目印となる地点が書かれているので迷っても何とかなるものだが、津波の影響で住宅には表札もなく、寺社ですら名前がどこにも書かれていない状態で、何も目印がない。途方にくれてしまったが、スマートフォンのGPS機能をフル活用して何とかたどり着くことができた。

迷っている間には、津波の恐ろしさを伝える様々な衝撃的な光景を目にした。畑の中には乗用車が横転したままになっていたり、船の残骸や流木が今でも残っている。

畑の中に横転した乗用車 船の残骸や流木

さらには鉄道車両が一両、畑の中にぽつりと放置されている光景も目の当たりにした。おそらく仙石線の車両と思われるが、乗客の方々は津波に飲まれる前に逃げられたのだろうか?

畑の中に放置された鉄道車両 反対側から見た鉄道車両

ところどころに建っている家屋は、土台だけになっていたり、屋根や壁がボロボロになっていたり、津波に襲われた時の水位の跡が残っていたりして、とても住める状態ではない。テレビでも紹介されたように、処分の可否を示す×印がついた住宅もあった。

×印のついた住宅

さて、迷った末に現場に到着し、朝から働いているメンバーと合流してさっそく作業開始。畑に散乱した瓦礫を道路沿いに集めて山積みにしたり、生い茂った草を刈り取って山積みにするという地味だが骨の折れる作業だ。

山積みにされた草

本来なら行政が行うべきことだが、そこまで手が回らず、かといって農家の方々も自宅が損壊するなどしてそれどころではない。それでも、畑がきれいになれば、農家の方々もまた作物を作る気力が湧いてくるだろうし、それが復興への第一歩にもなるはずだ。

畑の中には、津波で流されてぐにゃぐにゃに折れ曲がったガードレールが落ちていたりする。また、畑で作っていた農作物が、わずかに実を付けていたりするのもうれしいやら悲しいやら。

ぐにゃぐにゃに折れ曲がったガードレール

ちなみに今回は時間的な都合により仙台市内での活動を選んだが、当然のことながら三陸の海岸沿いなどはこの辺りよりもっと厳しい状況で、復興もあまり進んでいないという。

日頃の運動不足を痛感しながら、こまめに休憩を挟みつつ、気温30度を超える暑さの中で15時半頃まで作業をして現場を撤収し、16時にはセンターへ戻った。センターから再びバスに乗って仙台駅へ戻ったが、行きはかなり空いていたバスが、帰りは満員だった。おそらく七夕祭りに向かう客が多いのだろう。

仙台七夕祭り

余談だが、仙台の繁華街から少し離れたところで、自動車用と歩行者用の信号が合体した、変わった形の信号機を見つけた。

変わった形の信号機

仙台は、震災後の復興バブルのため、各地の建設現場で働く作業員が増えて宿が確保しづらい状況が続いているとのこと。まして今夜は七夕祭り初日の夜。早めに宿を押さえておいてよかった。

今回、初めて復興ボランティアに参加してみて、本当に多くの貴重な体験をできたと思う。復興までには本当に気の遠くなるような作業量が必要で、私が今回行った一日にも満たないボランティア活動では、千里の道の一歩分にもならないはずだ。それでも、では今回の私の活動が何の役にも立たなかったかといえば、決してそんなことはないと思う。少しずつでも前へ進むための手助けはできたのではないだろうか。

現場の実態を報道機関ではなく自分自身の目や耳、身体で知ることができること、そして多少なりとも役に立てたという充実感を得られること、それだけでも復興ボランティアに参加する意味は十分にあると思う。

被災地では人手が全く足りておらず、ボランティアスタッフはまだまだ必要とされているので、この記事を読んで興味を持たれた方はぜひ現地へ足を運び、復興ボランティアに参加してみてほしい。


posted by ナカヲ at 23:53| 徳島 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | monologue | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして!ボランティアお疲れ様です。自分も津波復興支援センターでボランティアに行く予定です。そのため、不足物資、道具、駐車場情報などを教えていただけると助かります。現地で活動している方の情報はすごく役に立ちますので、すみませんがよろしくお願いします。
Posted by ゆう at 2011年08月07日 21:20
お疲れさんです
迷いましたかw でも、たどり着けてよかったですね
Posted by K.Nakamura at 2011年08月07日 21:44
>ゆうさん
はじめまして。津波復興支援センターへ行かれるのですね。頑張ってください!

不足物資や道具などはセンターに直接電話で問い合わせるのが一番いいと思いますが、
私が行ったときには各種の道具類は十分にありました。あえて言うなら飲食関係のもの、
ポカリスエットとかカロリーメイトとかソイジョイとかはいくらあっても困らないので
喜ばれるかもしれません。あと、駐車場はありますので車で行っても大丈夫です。
一番足りないものはたぶん「人」ですかね。震災直後に比べて減っているようです。

>K.Nakamuraさん
いろいろお世話になりました。分からないことだらけだったので心強かったです。
道に迷ったのは、もらった地図が拡大図と広域図の2枚あったのですが、
広域図のほうに書かれた現場のマークが実際の位置と違っていたためです。
拡大図を見ても目印となる建物が皆無なので途方にくれましたよ。
もらった拡大図と同じような道路の形の場所をスマートフォンの地図で探し、
現在地からナビをかけて何とかたどり着けました。
Posted by ナカヲ at 2011年08月08日 12:18
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