2005年06月16日

田村直弘がマネージャーに

徳島県の高校サッカーのレベルは決して高くない。
ここ20年間で、県代表校が正月の高校選手権ベスト8に入ったのは一度だけ。
あとはすべて3回戦までで敗れている。
また、高校サッカー選手あこがれの地・国立競技場のピッチに立ったチームも
今までにたったひとつしかない。

唯一の国立行きを成し遂げたのは、1996年度の大会に出場した徳島商業高だ。
その勝ち上がりは綱渡りの連続だった。
4勝のうち3勝がPKで、残りの1試合も1点差。
準々決勝では全国屈指の強豪・鹿児島実業高を撃破して国立切符をつかんだ。

1回戦  3-3 大船渡高(岩手) 得点者=田村3
   (PK4-2)
2回戦  1-1 神戸弘陵学園高(兵庫) 得点者=福谷(のち大塚FC)
   (PK7-6)
3回戦  3-2 光星学院高(青森) 得点者=福谷、田村、浅井

準々決勝 0-0 鹿児島実業高(鹿児島)
   (PK4-1)
準決勝  1-4 市立船橋高(千葉=優勝) 得点者=田村


快進撃の最大のヒーローは、GKの画星隆志。
3度のPK戦で計7回(1回戦で4回中2回、2回戦で9回中3回、準々決勝で3回中2回)、
相手のキックを失敗させる神がかり的な活躍を見せた。
卒業後、大塚製薬に就職したが、大塚FCではなく大塚クラブに所属した。

攻撃陣のヒーローは、1回戦でハットトリックを記録するなど、
5試合で5得点を挙げたFWの田村直弘。
高校卒業後は桃山学院大に進み、ガンバ大阪、サガン鳥栖でJリーガーとして活躍。
昨年は愛媛FCでプレーし、引退した。

この二人は、大会終了後に優秀選手として表彰され、海外遠征メンバーにも入った。
徳島県の高校サッカーの歴史を知る人にとっては、忘れられない名前だと思う。
その田村が、この6月からヴォルティスのマネージャーに就任したそうだ。
お帰りなさい。そして、徳島県サッカー界のためにまた頑張ってください。
ヴォルティス通信:NEW FACE!

もしヴォルティスが10年前にJリーグに加入していたら、
きっと田村はガンバやサガンではなくヴォルティスでJリーグデビューしていただろう。
田村の他にも、Jリーグでプレーするために徳島を離れた選手は多いし、
逆に、徳島に残るためにJリーグでのプレーを断念した選手もいる。
今のヴォルティスの選手たちには、彼らの思いの分まで、精一杯プレーしてほしい。


posted by ナカヲ at 18:29| ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | Soccer 2005-1/2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
黒部卒業後でしたっけ???徳商ベスト4
Posted by hiro_m at 2005年06月16日 19:50
やっぱ国立競技場ってベスト4なんですか?
でも前にトーナメントを何気なくネットで検索したら緒戦でも場所が国立競技場なのもあった気が…。
なんか特別制?

甲子園は全国大会に出れば行けるのに、国立は全国大会に出て勝ちぬかなきゃいけない…。
Posted by モキエル at 2005年06月16日 21:06
あの時の徳商は強かったですね。
ベスト4で北島擁する市立船橋に破れましたが、本当に神懸かりでした。
画星も良かったですよね。
身長は低いけど、カンポスばりのバネを生かしたセーブで。
彼は現在、恩師である香留監督に請われて徳商のコーチもしているという話を聞いた事があります。

ちなみに、昨年の四国ダービーの時田村を観て、感慨深い想いでした。
Posted by sion at 2005年06月16日 21:52
>hiro_m様
黒部の次の代ですね。
黒部は藤本主税の徳島市立に全国大会行きを阻まれたはず。
黒部がもう一年遅く生まれてたら、市船を破って頂点が狙えたかも?

>モキエル様
いつからか、開幕戦だけは国立でやるようになりましたね。
ま、甲子園も兵庫県予選とか近畿大会で時々使いますけど、
それを「甲子園出場」とは言いませんから、「国立=ベスト4」ってことで。

>sion様
本当に神懸かりでしたね。画星はそれこそ「神」でした。
あの年の大会が私的には一番盛り上がりました(当たり前か?)
Posted by Φ at 2005年06月17日 00:04
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